マリッジ


阿部さんの今日の記事は「結婚」について

でした。

コメント欄は素晴らしい体験談や

いろいろな人の考えが書かれています。

ぜひ興味ある人はのぞいてみると

結婚についていろいろな角度から

見られると思います。


結婚についてよく人は「人生の墓場」と

言ったり、あの「ツイてる」でおなじみの

まるかんの社長さんの斎藤一人さんは、

「結婚したとたんに、リングのゴングがなる。

ゴングは教会の鐘の音ですよ」

と言っています。


「結婚する前は相手の良いところしかみえなくて、

結婚したとたんに、相手の嫌な部分が見えてくる。

そういう構造に人間の脳はなっているみたいです」

そんなことも言っていました。


結婚は「修行」

結婚は「我慢」


どれを聞いても結婚に魅力があるとは

思えません。


しかし、斎藤一人さんの紹介していた話が

あります。

「ある若い二人のカップルが結婚するというので、

お祝いを言いにいった。

『いよいよ修行がはじまるな』

と言ったら、

『はい、修行するならこの人としたいと

思いました』と」


そんな相手がいたなら、素晴らしいですね。



読んでくれてありがとう。



思い込み


映画「ショーシャンクの空に」で、

主演のティム・ロビンスが演じた人のように、

無実の罪で監獄に入れられ、スプーンで

地面に穴を掘って脱獄しようとした男の話が

あります。

長い間の苦闘で彼の手にはたこができ、

いつも血まみれになっています。

彼は自分の努力が実を結ばないことを

知り、あきらめます。

涙が流れ、ドアに寄りかかって泣き始めたとき、

ドアには、はじめから鍵がかかっていなかった

ことを知るのです。

・・・

しかし、ポイントははっきりしています。

自分が監獄だと思い込んでいたものは、

そもそも存在していなかったのです。


過去にも未来にもとらわれない生き方

ステファン・ボディアン


お勧めの一冊です。


読んでくれてありがとう。



あなたを見る目


「こう見られたい」

そんな思いは誰もが

持っています。


特に異性の前にいくと、

「今日の自分はダイジョブだろうか。

変な顔に見られたくないなあ。

髪型は決まっているかな」

そんな人の目を気にした自分がいること

があります。


その時は「不安」なんですね。

人の目を気にするとは、イコール

「安心」していない自分がいるのです。


安心していたら、どんな自分でも

安らいでいられます。

「こう見られたい」

という思いがなければ、どう見られても

OKなわけです。


犬や猫は「どう見られたい」なんて

思っていません。

あるがままです。

子供もそうですね。

いつもあるがまま。


しかし、大人になるにつれて

「こうあるべき」

という理想像を頭の中に創り、

その理想に沿う生き方をしだします。

理想どおりならOK。

でもそうでないならOKじゃない。


人はそれほどあなたのことを見ていません。

これは確かなことです。

人は自分のことでいっぱいですから、

人をそんなに見ていません。


自分を一番見ているのは、ほかならぬ

自分です。

「この自分でOK」と見るか、

「こんな自分はダメ」と見るか。


神があなたを見る目であなたを見たら、

微笑みたくてしかたがないだろう。

「神との対話」より。



読んでくれてありがとう。



リラックスタイム


ニュー・アースの中にこんな表現があります。

「安らいだ気分でいられる」のと、

「自分らしくいられる」のは一緒だと。


つまり無理に自分らしくあろうとする

ことはなく、「安らいだ気分」でいれば

自然とその時「自分らしく」いられるのです。


ではどうしたら「安らいだ気分」でいられるか

ですが、自分的には「瞑想」はとっても

その状態に「戻る」のに効果的だと思います。


普段はストレスなどで、ずっと安らいだ気分で

いるのはなかなか難しいと思います。

しかし、一日のうちに時間をつくって

瞑想をして、安らかな気分になると、

自分らしさが戻ってきます。


そんな普段忘れている「自分」を

取り戻す方法が瞑想ではないかと

すこし思いました。


たしかに「瞑想」をすると、「安らかな気分」

つまり「リラックス」できます。

ストレスもある程度はあるといいかも

しれませんが、ストレスだけではしんどい

ですから、「リラックス」タイムをぜひ

取られるとバランスがとれていいと

思います。



読んでくれてありがとう。



仲直り


「こうありたいと思う自分」がなければ、

「いまの自分」しかいません。

しかし、親や社会からこういわれます。

「立派になるのよ」


そんな理想の自分をいつしか抱き、

その自分になる旅が始まります。

少なくとも「いまの自分」ではない、

「理想の自分」こそ目的地だというわけです。


その旅はどんな旅かと言うと、

いつも「いまの自分ではダメだ」

という旅です。

辛いのも無理はありません。

自分を否定しているわけですから。


そしていつまでたっても「理想の自分」は

未来にいます。

例え学校で一番になっても、それを維持する

のはものすごく辛いものです。

「いつ抜かれてしまうだろうか」

そんな恐れを抱きます。


「いまの自分でいいんだ」

そう思えたらどんなに楽でしょうか。


「へまをやらかす自分」

「イライラしている自分」

「つい、怒鳴ってしまう自分」

「否定的な見方しかできない自分」

そんな自分でいいんだ、

そんな自分さえも自分の一部なんだと

しっかりと感じるとき、

きっと「いまの自分」と仲直りして

いることでしょう。


「これでいいのだ」




読んでくれてありがとう。



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